「人件費がかからない」
「24時間365日、勝手に売れていく」
「究極の不労所得」
そんな魅力的なフレーズに誘われ、ここ数年で無人販売所や無人店舗の数は爆発的に増加しました。冷凍餃子から高級スイーツ、古着に至るまで、街のいたるところに「店員がいない店」が出現しています。
しかし、そのブームの裏側で、当初の事業計画を大きく上回る「トラブル」に疲弊し、わずか1年前後で撤退を余儀なくされるオーナーが急増している現実は、あまり表には出てきません。
無人店舗は、本当に「楽をして儲かる」ビジネスなのでしょうか。
今回は、実際に起きている生々しいトラブル事例を深掘りし、無人ビジネスに潜むリスクの正体を明らかにします。
1. 「防犯カメラ」は万能ではない。巧妙化・過激化する窃盗事件

無人店舗を検討する際、誰もが真っ先に懸念するのが「盗難」です。
多くのオーナーは「防犯カメラを設置すれば抑止力になる」と考えますが、実際の犯行現場は、その想定をはるかに超える「力技」と「心理戦」が展開されています。
事例①:バールによるレジ・両替機の「物理的破壊」
北海道札幌市の無人スイーツ店では、わずか2ヶ月の間に2回も甚大な窃盗被害に遭った事例があります。
犯人は深夜、バールやドライバーを持って堂々と入店。防犯カメラに顔が映ることも厭わず、レジをこじ開け、あるいはレジ機そのものを配線ごと切断して持ち去りました。
この事件での被害は、盗まれた現金10数万円に対し、破壊された設備の修理や休業損害を含めると100万円近い損失になったといいます。
「盗まれた現金」よりも「破壊された設備」の損害の方がはるかに大きい。これが無人店舗の恐ろしい現実です。
事例②:「会計パフォーマンス」による心理的詐取
監視カメラを意識した「劇場型」の万引きも増えています。
スマホを取り出し、あたかもキャッシュレス決済のQRコードを読み取っているかのような「フリ」をして、悠々と商品を持ち去る手口です。
オーナーが後で売上データと映像を照らし合わせて初めて発覚しますが、その時には犯人を特定するのは困難です。
彼らにとって、カメラは「自分が正当な客であることを演じるための小道具」にすぎないのです。
2. 「治安の悪化」を招く、近隣住民との摩擦

無人店舗は、物理的な被害だけでなく「地域の平穏」という無形の資産を脅かすリスクを孕んでいます。
事例③:深夜の「たまり場」化と騒音トラブル
24時間営業の無人店舗は、深夜になると行き場のない若者や酔客の「たまり場」になりがちです。
店内で長時間話し込む、大声で笑う、音楽を流す。
店員がいないため、これらを制止する人間が誰もいません。近隣住民にとっては、ある日突然、家の近くに「24時間、不特定多数が入り浸る監視のない空間」ができたことになります。
結果として警察への通報が相次ぎ、オーナーは毎日のように謝罪に回ることになります。
事例④:ポイ捨てと駐車場問題
テイクアウト商品の無人販売所では、購入した商品をその場で食べ、ゴミを店外や近隣の植え込みに捨てていくトラブルが頻発します。また、駐車場がない店舗や台数が少ない店舗では、近隣のコンビニや他人の敷地への無断駐車が日常茶飯事となります。
「自分の店さえ回っていればいい」というスタンスは、地域社会では通用しません。一度「あの店ができてから治安が悪くなった」というレッテルを貼られてしまうと、その場所で商売を続けることは不可能になります。
3. 「管理コスト」の罠。結局、オーナーは現場へ走る

「無人=管理不要」は大きな間違いです。むしろ、人がいないからこそ発生する「突発的な管理コスト」がオーナーの生活を浸食します。
事例⑤:設備故障による全商品ロスの恐怖
冷凍スイーツや食品を扱う店舗にとって、冷凍庫の故障は致命傷です。
深夜にブレーカーが落ちた、あるいは機器の不具合で温度が上昇した。無人店舗では、これに気づくのが数時間後、最悪の場合は翌朝になります。
あるオーナーは、朝起きて店舗を確認すると、全ての在庫が溶け、床が水浸しになっていたといいます。
数十万円分の在庫がゴミに変わるだけでなく、清掃と消毒、機器の修理のために数日間の休業を余儀なくされました。
この「リスク」を常に抱えながら、オーナーは夜も眠れぬ日々を過ごすことになります。
事例⑥:「リモート清掃員」としての過酷な労働
無人店舗の清潔感を維持するためには、頻繁な清掃が欠かせません。
「週に1〜2回の巡回で十分」と考えていたオーナーも、実際には毎日、あるいは1日に数回、ゴミ拾いや棚の整理、料金箱の回収のために店舗へ足を運ぶことになります。
これは、見方を変えれば「人件費を払って人を雇う代わりに、オーナー自身が最低賃金以下の労働力として働いている」状態です。
不労所得どころか、最も効率の悪い「リモート清掃員」になっている現実に、多くの人が精神的な限界を迎えます。
4. 経営の本質:なぜ「有人ワンオペ」が再評価されているのか

これらのトラブル事例から導き出される結論は、「ビジネスにおいて『人の目』に勝るセキュリティはない」ということです。
近年、無人販売の限界を感じた賢明なオーナーたちは、あえて「有人ワンオペ(1人体制)」というモデルに回帰しています。
・抑止力としての存在:1人でもスタッフがいれば、レジをバールで壊すような暴挙は起きません。
・コミュニティの維持:スタッフが掃除をし、挨拶をする。その「人の気配」があるだけで、店は「たまり場」ではなく「地域の店舗」として認識されます。
・付加価値の提供:トラブルへの即時対応、商品の説明、顧客とのコミュニケーション。
これらは無人店舗では逆立ちしても提供できない「商売の醍醐味」であり、リピーターを作る唯一の手段です。
無人ビジネスは、一見すると効率的で現代的なモデルに見えます。
しかし、そこには「日本は安全である」「客は皆正直である」という、経営者としては危うすぎる前提が置かれています。
まとめ:無人店舗という「博打」を打つ前に

もし、あなたが「楽をしたいから」という理由で無人店舗を検討しているなら、一度立ち止まって考えてみてください。
監視カメラの映像を四六時中チェックし、警察に被害届を出し、近隣住民の苦情に頭を下げる日々。それは、あなたが理想とした「経営者の姿」でしょうか。
どんなにテクノロジーが進化しても、商売の基本は「人と人」です。
「人の目」という最強のコストパフォーマンスを切り捨てた先に待っているのは、管理不能なトラブルの山かもしれません。
本当の意味で「リスクを最小化」し、長く愛される店を作る。
そのためには、安易な無人化に頼るのではなく、「いかに少ない労力で、いかに質の高い『人の目』を介在させるか」という視点が不可欠です。
効率化は大切です。しかし、それが「商売の魂」まで削ぎ落としていないか。
ブームの熱狂が落ち着きつつある今、私たちはもう一度、実店舗経営の「原点」に立ち返る時期に来ているのかもしれません。